ちょっと信じられない話かもしれないが、マンガ家のなかにはいまや、鉛筆も消しゴムも使わないという人がいるらしい。

とはいっても、下描きをせずに、いきなりペンで描いてしまうというわけではない。
鉛筆の代わりに下描きに使われているのは、PILOTのボールペン「フリクションボール」……と、書いただけで、ピンと来たあなたはなかなかの文具通です。

そう、フリクションボールはボールペンなのに、これで書いたものはお尻についている専用ラバーでこすって消すことができるのだ。それも消しゴムとはまったく原理が異なり、熱を加えると透明化するインクが用いられている。よって、消しカスが出ることもない。

このフリクションボールを愛用するマンガ家のひとり、篠房六郎(現在、『月刊アフタヌーン』で「百舌谷さん逆上する」を連載中)は、先月発売されたムック『すごい文房具』(「CIRCUS」11月号増刊)のなかで、次のようにその活用術を紹介している。

下描きに使うフリクションボールは黒以外のもの。
これは、上からボールペンや筆ペンでなぞる(この作業を「ペン入れ」という)とき、まぎわらしくならないようにするためだろう。で、ペン入れを済ませたあとに用意するのは、何とドライヤー。たしかに熱で消えるというのであれば、ラバーでいちいちこするより、ドライヤーをかけたほうが一気に消すことができる。おまけにインクも乾いて一石二鳥というわけだ。

いまでは、パソコンでマンガを描いている作家も珍しくないが、私はどちらかというと、手描きながらフリクションボールを使う手法に“未来”を感じてしまう。

『すごい文房具』ではフリクションボールのほかにもたくさんの文具が、実際に使っている人たちのコメントも交えつつ紹介されている。
なかには文具の達人たちが、多くの人が抱いていそうな文具に関する悩みに、解決策を教えてくれるページもある。

たとえば、消しゴムのカスが大量に出るのがイヤだという悩みに対しては、先ほどのフリクションボールペン以外に、「コロコロエルサ」「トントンエルサ」といった商品が薦められている。これらは従来の消しゴムとは異なり粘着樹脂を使用し、それぞれ鉛筆で書いたところを叩いたり、転がしたりして吸着して消すというものだ。

それにしても、普段何気なく目にしている文房具でも、気づかないうちにとんでもない進化をとげているものの多いこと。このムックの「文房具アカデミア」(講師を務めるのはライター・作家の古川耕)と題するコーナーを読んでつくづく実感した。

文具の進化を考察する同コーナーのうち、糊については地質時代になぞらえて解説されている(何だか、往年の深夜番組を思い出しますが)。
それによれば、でんぷん糊に防腐剤を入れた不易(フエキ)糊の登場(「フエ紀」)から、合成樹脂でつくられた液体糊の時代(アラビックヤマトに代表される「アラビア紀」)、スティック糊の時代(「スティッ紀」)を経て、テープ糊が台頭した時代(線を引くように使えることから「センビ紀」)にたどりつく……と、いったぐあい。

そういえば、私が小学校入学のさいに配布された糊は、まだフエキ糊だったなー。うまく扱わないと手がベタベタになってしまい苦手だったけど、その後の液体糊やスティック糊の登場はそのわずらわしさをなくしたという意味で、たしかに画期的だった。

このほか、機能性は二の次、遊び心あふれる文房具の紹介も充実。表紙にも登場しているツタンカーメンの仮面を模したと思しき「エジプトボールペン」など、持っていれば話のネタにはなるだろうけど、いかにも重くて使いづらそう。表紙のフキダシにある「仕事が10倍速くなる!」というフレーズはウソだな(笑)。
この手の遊び心が先に立った商品では、鉄ちゃん向けの「鉄道文具」も独立したコーナーが設けられている。

さらに、70年代後半から80年代半ばにかけて小学生たちのあいだで流行った「多機能筆箱」のトピックスで30~40代男子のノスタルジーをくすぐったかと思えば、「女子文具」と題して、最近ブームになっているという「消しゴムはんこ」のつくり方などが紹介されていたり、はたまた、100円ショップで買える文具を集める一方で、ちょっとセレブな銀座の文具店のガイドがあったりと、とにかくこのムック、カバーしているジャンルが幅広い。

なお、刊行後しばらく品切れが続いていた『すごい文房具』だが、ここへ来て増刷がかかったようで、アマゾンでも再入荷されている。文具好きは要チェックです。(近藤正高)