原子力発電所が「原爆」には絶対にならない理由

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  • author 福田ミホ
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原子力発電所が「原爆」には絶対にならない理由

知ることで収まる不安も、あるかもしれません。

福島第一原子力発電所で、次々と問題が発生しています。自衛隊や警視庁や米軍や東京電力や関係のみなさんが命がけでなんとかしようと試みてくれていますが、まだ事態収束のめどは立っていません。見守るばかりの我々は、最悪の場合どうなってしまうんだろう? とつい考えてしまいます。

でも原子力発電所では、いわゆる核爆発が起こることは、原理的に絶対不可能なんです。なぜでしょう? 以下にご説明します。

・核分裂連鎖反応とは

福島第一原発にある原子炉も、原子爆弾も、成立するには核分裂連鎖反応が必要で、核分裂には核分裂性物質が必要です。核分裂性物質とは、たとえば自然界に唯一存在する核分裂性物質はウラン235で、それ以外のもの、たとえばプルトニウム同位体は、自然にある物質をもとに人工的に「培養」する必要があります。

では、核分裂はどのように起こるのでしょう? ここでは、原子炉や多くの核兵器で使われていウラン235による核分裂を想定します。自由中性子がウラン235にぶつかって吸収されると、ウランが分裂して、軽くて動きの速いふたつの同位体(多くはクリプトン92とバリウム141)になり、さらに新たな自由中性子を作り出します。そしてそれは別のウラン235に吸収され、同じプロセスを繰り返していきます。原子炉はこの過程で生じるエネルギーを吸収するのですが、それは同じ量の石炭を燃やした場合にできるエネルギーの300万倍となります。

自然界に存在するウラン同位体の中で、ウラン235だけがこのような核分裂性を持っています。他のウラン同位体、たとえばウラン238が中性子とぶつかっても、中性子や連鎖反応を起こすエネルギーは放出されません。

核分裂で平均1個以上の中性子が作り出される限り、連鎖反応は永遠に続きます。実際、反応の過程で自由中性子は1個以上作り出されることが多く、よって生産されるエネルギーはどんどん増大します。

・安全策の数々

こうした核分裂反応によってエネルギー生産が暴走するのを防ぐため、原子炉はたくさんのフェイルセーフ冗長性を持たされています。比較的よく知られているのは制御棒を使うことで、制御棒は「中性子を吸収するが、核反応は起こさない」性質を持つホウ素などの材料からできています。エネルギー生産が暴走した場合、制御棒を原子炉の中に差し込むことで自由中性子を吸収し核分裂連鎖反応をシャットダウンするわけです。ただ、こうした制御棒の扱いを誤ったことが、チェルノブイリの悲劇を生んだひとつの要因でした。

そしてもちろん、もしフェイルセーフや冗長性が何らかの原因で熱上昇を止められなかった場合、つまりチェルノブイリ原発事故や、スリーマイル島原発事故でも起こったような状況になった場合は、きわめて深刻な事態に陥ります。もっともよく知られているのが「メルトダウン(炉心溶融)」という言葉でしょう。これは熱上昇によって原子炉内にある核燃料や原子炉自体の構造物が溶けて壊れてしまうことで、そうなれば高濃度の放射性物質が空気中に放出されてしまいます。

メルトダウンは、短期的にも長期的にも甚大な被害を及ぼしうる事態です。では、核爆発することはないんでしょうか? 福島の原発は、広島や長崎に投下された原爆のようなことにはならないのでしょうか?

幸い、答えはノーです。核爆発は起こりえません。チェルノブイリで起こった爆発も、核爆発ではなく蒸気爆発でした。もしあれが同等の規模の核爆発であったら、はるかに大きな被害を生んでいたはずです。チェルノブイリでも、核爆発は原理的に起こりえなかったのです。その理由は、原発と核兵器の違いを理解すればわかります。

・ウランの質の違い

核燃料といえばウラン、を想起しますが、じつは厳密にはそうでもないのです。自然界に存在するウランは核反応には基本的に役立たずで、もちろん核兵器にも使えません。というのは、天然ウランには、核連鎖反応を持続させられるウラン235はたったの0.7パーセントしか含まれていないためです。残り約99.3パーセントはほぼウラン238になっています。

ウランを使って連鎖反応を起こすためには、濃縮して、ウラン235の濃度を高める必要があります。原子炉には低濃縮のウランが使われますが、「低濃縮」とは具体的にはウラン235の濃度が20パーセント以下であることを差します。でも原子力発電所では一般に、ウラン235の濃度が3~4パーセントのものしか使われていません

一方核兵器の場合、強烈な連鎖反応を起こすために高濃度のウランが必要とされています。「高濃度」の基準は20パーセント以上ということになっていますが、ほとんどの核兵器では濃度80~95パーセントのウランを使っています。たとえば広島に投下された原爆は、濃度80パーセントのウランでした。

・クリティカル・マス(臨界量)以外のクリティカルなもの

では、低濃度と高濃度では何が違うのでしょうか? なぜ低濃度のウランでは、高濃度のウランのような巨大な爆発ができないのでしょうか? それを理解するために、よく使われているが実はよくわからない、「クリティカル・マス」(臨界量)という言葉をとりあげてみます。「クリティカル・マス」とは、ウラン235のような分裂性物質が連鎖反応を維持するのに十分な量があるということです。

ここでは「マス」、つまり質量がクリティカルなものとされるんですが、じつは核分裂の目的を達成するためには、質量以外にも要件があります。それはたとえば、密度とか形といったものです。

核兵器全エネルギーを一回の大爆発で放出するように作られている、ということは、その材料は分裂性物質とともに極力ぎっしり高密度に、なおかつ均一な球体として形作られている必要があります。

そうしたデザインは、原子炉のデザインとはまったく異なっています。原子炉は、エネルギーを安定的に制御された形で放出するように作られていて、メルトダウンを起こすようなエネルギーでさえ、核爆発を起こすほどのスピードや強烈さを持つことはありえません。原子炉ではウラン235は直線的に配置されていて、爆発的連鎖反応に必要とされる球体状とは根本的に違っています。また、原子炉級のウランには非分裂性であるウラン238が多く含まれているため、核反応の暴走も停止されていきます。

・知ることの意義

この記事によって、原子炉事故の危険性を過小評価しようということではありません。チェルノブイリ原発のようにメルトダウンが起こってしまうと、周囲の環境に与える影響は言い尽くせないほどのものになります。チェルノブイリ近隣の町であるプリピャチ周辺地域には、事故から25年経つ現在でも人間が住むことはできません。

福島の原発がどうなるかはまだわかりません。複数の専門家も危険性の高さを指摘しています。でも、こうした危機の真っただ中にあっても、本当に恐れるべき事態と過剰な想像の間には、線を引く必要があります。そのためには、原発の仕組みを少し理解しておくことは、多少役に立つのではないでしょうか。

Alasdair Wilkins(原文/miho)