日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

iPS細胞研究 「勝ち馬」に相乗りするだけの科学研究費補助?

2011-06-10 14:53:18 | 学問・教育・研究
iPS(人工多能性幹)細胞をより安全に効率よく作製する手段が京都大学・山中伸弥教授のグループにより開発されたとのニュースが流れた。京都新聞は次のように伝える。

iPSさらに安全、効率的「魔法の遺伝子」 京大グループ発見

 iPS(人工多能性幹)細胞を安全に効率よく作製することができる遺伝子を、京都大iPS細胞研究所の山中伸弥教授やウイルス研究所の前川桃子助教たちのグループが見つけた。iPS細胞の実用化を引き寄せる「魔法の遺伝子」(山中教授)といい、英科学誌「ネイチャー」で9日発表する。

 山中教授は最初のiPS細胞の作製で、「山中ファクター」と呼ばれる4遺伝子を体細胞に導入した。細胞のがん化を進めるがん遺伝子(c-Myc遺伝子)が含まれており、c-Mycを使わない作製法が研究されているが、作製効率が落ちるなどの課題があった。

 今回、人の細胞にある1437個の遺伝子の働きを網羅的に解析し、効率的な作製法を探った。未受精卵と受精卵で働いているGlis1遺伝子に注目し、c-Mycを除いた3遺伝子と一緒にマウスや人の体細胞に導入すると、iPS細胞の発生率が大幅に向上。不完全な形の細胞の増殖もほぼ完全に抑えることができた。

 山中教授は「iPS細胞を実用化するためには、不完全に初期化された細胞の除去が最重要課題。Glis1は、非常に優れた性質を備えている」と話している。
(2011年06月09日 09時00分)

確かに実用化に向けて一歩前進でまことに結構なことであるが、この成果を報じる一連のニュースで、「ナショナルジオグラフィック」の記事の次の部分が私の目を引いた。

 今回の成果は、科学技術振興機構「山中iPS細胞特別プロジェクト」、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「iPS細胞等幹細胞産業応用促進基盤技術開発」、文部科学省「再生医療の実現化プロジェクト」、内閣府「最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)」、医薬基盤研究所「保健医療分野における基礎研究推進事業」などの支援を受けて得られた。
(June 9, 2011)

なんとここだけで五つの、それもおそらく大型の、グラントが挙げられているので、Natureの論文「Direct reprogramming of somatic cells is promoted by maternal transcription factor Glis1」で確かめたところ、Acknowledgements(謝辞)には次のように記されていた。

This work was supported in part by grants from the New Energy and Industrial Technology Development Organization (NEDO), the Leading Project of the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (MEXT), the Funding Program for World-Leading Innovative R&D on Science and Technology (FIRST Program) of the Japanese Society for the Promotion of Science (JSPS), Grants-in-Aid for Scientific Research from JSPS and MEXT, and the Program for Promotion of Fundamental Studies in Health Sciences of the National Institute of Biomedical Innovation (NIBIO). S.Y. is a member of scientific advisory boards of iPearian Inc. and iPS Academia Japan.

これを日本語の機関名にすると最初から順番に

the New Energy and Industrial Technology Development Organization (NEDO)
独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)

the Leading Project of the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (MEXT)
独立行政法人 科学技術振興機構(JST) 「再生医療の実現化プロジェクト」

the Funding Program for World-Leading Innovative R&D on Science and Technology (FIRST Program) of the Japanese Society for the Promotion of Science (JSPS)
独立行政法人 日本学術振興会(JSPS) 「最先端研究開発支援プログラム」

Grants-in-Aid for Scientific Research from JSPS and MEXT
独立行政法人 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金

the Program for Promotion of Fundamental Studies in Health Sciences of the National Institute of Biomedical Innovation (NIBIO)
独立行政法人 医薬基盤研究所

となる。今や山中教授のiPS細胞研究を国を挙げて支援しようとの流れなので、いろいろな形で研究資金が流れ込んでくるのは一見当たり前のように見える。また論文に名前を連ねる研究者も多いので、それぞれが科学研究費補助金(四番目がそれに当たるのであろう)を受けていることもあり得る。しかし見方を変えると、実に馬鹿げたFunding Systemの実態がここに凝縮していると言えそうである。なぜなら研究資金を提供している四つの機関は独立行政法人で、元を正せば資金源はすべて国民の税金である。資金の出所はもともと一つなのに、それがなぜかわざわざ四つの独立行政法人を迂回し、そして山中教授のところで再び合流し、この一篇のNature論文を生み出しているのである。なぜそのようなまどろっこしいことをするのかと言えば、それによって利益を得る一部の人のために独立行政法人を作るのである、という答えしか戻ってこないではないか。

このようなシステムは研究者にとって百害あって一利無しである。すくなくとも事務手続きがそれだけ増える。申請書作成から始まり、研究費の管理、そして報告書の作成など、余計な手間が増える。一方、資金を提供する側からすると、有害無益の存在と決めつけられると困るので、資金を提供したからこそこのように大きな科学・技術的成果が得られたと折りあるごとに喧伝しないといけない。そうなると新聞種になるような成果の期待出来る研究者に資金を提供するのがまずは無難で、相乗りすれば何も考えなくてすみ、そのうえ宣伝効果が期待される。そして今回の場合でもそれぞれの独立行政法人が《iPS細胞、安全で量産OK「魔法の遺伝子」 京大の山中所長ら発見》を間違いなくわが成果として吹聴することだろう。

私はかって文科省での日本学術振興会と科学技術振興機構の共存が基礎科学の発展を邪魔すると主張したことがある。その要点は科学研究の競争的資金源の一元化を強調することにあった。ところがこのこのNature論文では、そこに挙げた二つの独立行政法人に加えて、さらに「新エネルギー・産業技術総合開発機構」と「医薬基盤研究所」の二つの独立行政法人が加わっている。「勝ち馬」への相乗り現象そのもので、本来あるべき研究支援の理念とはまったく相容れない。そういう有害無益の独立行政法人を無くすのに、何から手をつければよいのか、知恵を出し合いたいものである。


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