いくつかの質問に答えるだけで、ユーザー企業にあった優秀な人をAIが選んでくれる。そんなシステムを開発した上海発のスタートアップ企業がある。Seedlink Technology Holdings(シードリンク)だ。仏化粧品大手のロレアルなど欧米の大手企業や中国の企業が同社の仕組みをすでに採用している。

 中国政府はイノベーション力の強化を急いでいる。中国は、低い賃金を武器に欧米向けの輸出品などを製造することで、急成長を実現してきた。しかし、賃金の上昇とともに、競争力は低下。政府はより付加価値の高い製品やサービスを生み出すために、産業の構造転換を図っている。

 日経ビジネス4月17日号の特集「トランプが強くする中国経済」では、「ハードウェアのシリコンバレー」と呼ばれるようになった広東省深圳市が秘めるイノベーション力を取り上げた。中国では深圳に負けるなとばかりに、多くの地方政府が起業の促進やスタートアップ企業の育成に力を入れている。

 国際都市として深圳よりも長い歴史を持つ上海もその一つだ。シードリンクはベンチャー企業を支援するスタートアップアクセラレーター、XNodeが運営する上海市中心部のコワーキングスペースに入居する。借りている個室の扉には手書きで「Seedlink」の文字が書かれている。事業が拡大し、人が増えたため、個室だけでは社員が収まりきらず、現在はオープンな貸しデスクにも社員が陣取る。

上海市内のコワーキングスペースに入るシードリンクのオフィス
上海市内のコワーキングスペースに入るシードリンクのオフィス

 「私のデスクはないんですよ」。シードリンクCEO(最高経営責任者)のロビン・ヤング氏は笑う。米国籍を持つ華人のヤング氏は2005年に上海に来て、2013年にシードリンクを設立した。過去には音楽関係の仕事をしていたこともあり、同社を設立する前はゲームを制作していた。だが、「ゲームは中毒になることもあり、不道徳なのでやめた」。設立当初は教育分野を攻めたが、うまく行かず人材採用分野に路線を変更した。

 同社が販売しているのは、人材を採用する際に行なう面接を支援するシステムだ。応募者はいくつかの質問に回答する。例えば、「異なる2つの仕事がある。どちらも終わらせなければならないが時間がない場合に、どのように仕事を処理するか」といった質問だ。シードリンクは仕事のパフォーマンスが高い人、普通の人、低い人が様々な質問にどう回答したのかをあらかじめまとめたデータベースを持っており、これを元にAIが応募者の性格や適性を判断する。

 ヤング氏は「これまでの採用面接には大きな問題があった」と言う。何が問題なのだろうか。

 ヤング氏は言う。「例えば面接で1時間話をしたとしても、ほとんどの判断は最初の10秒ですでに終わっています。残りの時間はその判断を補強するために費やしているにすぎません」

 「実際、面接試験の結果と現実の仕事のパフォーマンスとの相関関係は非常に低い。相関関係が全くないのを0とし、1に近いほど強い相関関係があるとすると、面接試験は0.1から0.3程度でしかありません。IQテストの相関度が0.4程度なので、面接よりもIQの方が予測に適していることになります。我々はどうしても偏見を持って判断してしまう。そのために、伝統的な面接ではいい結果が出ないのです」

SeedlinkのCEO、ロビン・ヤング氏
SeedlinkのCEO、ロビン・ヤング氏

 シードリンクのシステムはすでにいくつかのグローバル企業が採用している。コカ・コーラのほか、PwCなど世界の4大会計事務所のうち3社がシードリンクのシステムを使って採用活動をしているという。中国国内ではネット企業や金融機関などが使っている。

 中でも冒頭でも紹介したロレアルは、シードリンクにとって早くからの顧客だ。設立した翌年の2014年に、システムのアルゴリズムをエクセル表にしたものを2万5000元(約40万円)で販売したのが始まりだ。

 その後、ロレアルとの取引は年々増えている。15年は10数万元(200万円前後)16年は約30万元(約470万円)。17年は、10カ国のオフィスの採用活動に協力し、200万元(約3000万円)以上の取引になる予定。18年は30カ国以上で使うことで商談が進んでいる。

中国企業だから不安という顧客も

 中国という巨大市場を攻めながら、グローバルでも着々と成果を上げているシードリンクは成功への軌道に乗りつつある。同社にはアリババ集団に投資している投資家も資金を投じているという。同社のようなスタートアップ企業にとっては、中国の変化の速さもプラスに働く。

 一方でヤング氏は「今年中にオランダにも拠点を作る予定」と話す。「中国企業ということで、欧米の企業から情報漏洩などを心配する声が上がっている」ためだ。

 また、現時点でシードリンクに競合はほぼないものの、中国国内の市場は過当競争が当たり前だ。将来性が見込まれる商品やサービスには、類似のものが次々に登場する。現在、中国国内で広がっているシェア自転車でも、激しい競争が繰り広げられている。

 このような環境下で、中国発イノベーションがどれだけ生まれ、その中のいくつが世界企業へと成長していけるのか。その成否が今後の中国経済の先行きを決める。

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